インキュナブラコレクション

  • previous
  • 全 2 ページ中 2 ページ目
  •  

004

ローレヴィンク 『時の束』

Fasciculus temporum

IIIF Drag-n-dropIIIF Manifest

ケルンのカルトジオ会士であったヴェルナー・ローレヴィンク(c. 1425-1502)が執筆した『時の束』は、ラテン語の初版が1474年にケルンで印刷された歴史書である。いわゆる「世界年代記」としての枠組みをもち、6つの時代区分に基づく構成をとった。初版は、旧約聖書の世界とローマ法王史を中心に、地中海世界を取り巻く地域について創世から1474年までの歴史を総括している。後年の版には、さらに時代を下った記述や出版各地の歴史が加筆・挿入されたものもあった。慶應本はストラスブールでおそらく1490年以降に出版されたものと考えられる。慶應本はおそらく末尾の2葉を欠く全96葉と、世界年代記としては小品であるが、挿絵に20点以上もの木版画が組み入れられている。
本書『時の束』は、叙述とともに、挿絵とレイアウトといった印刷本の形態面でも興味深い歴史書である。創世記から執筆・出版の同時代までの各国史を扱うが、その本文は、シングル・コラムやダブル・コラムなどの一般的なテキスト配置はとらず、各国史が並行して左ページから右へ進む。したがって書物の最初から最後までが直線的(linear)に記述される形をとっている。そして、そのページ中央を真横に、創世紀元(anno mundi)とキリスト生誕紀元(anno Christi)の二つの異なる年代表記欄が貫く。西欧では伝統的に、年代記作者が聖書の記述に対応する時代区分や叙述を採用する努力をしてきたが、年代算出法についての見解は、中世を通じて必ずしも統一されていたとは言えない。しかし15世紀後半に制作された『時の束』の構成とレイアウトでは、創世紀元とキリスト生誕紀元が終始対応し、各国史の記述がこれに収斂する形で展開するため、意識的な統一への努力がみとめられる(Tilmans, p. 130)。このように、キリスト教独特の歴史と時間の枠組みを、初期の印刷業者達がレイアウトに具体的に再現するよう工夫を凝らしていた事実は、歴史叙述と表象の問題の考察において重要であろう。
15世紀末には、ヨーロッパ大陸で印刷技術を駆使した年代記の制作が進んだ。いわゆる「ニュルンベルク年代記(the ‘Nuremberg Chronicle’、正式な書名はLiber cronicarum)」が有名であり、挿絵・装飾の豊かなこの世界年代記は、印刷の具体的工程に関わる文書の残された稀有な事例としてウィルソンの研究に取り上げられ、印刷文化史を考える上で極めて重要な一点となった。そうした「ニュルンベルク年代記」とともに、印刷史上注目すべきインキュナブラの年代記が『時の束』なのである。実はそのケルン版は、西洋の印刷術がマインツで始まったことを記録した最初の作品としても知られている。初版以来、各国語にも訳され、様々な印刷業者の手を介して作者の死までに30以上もの版を重ねた『時の束』は、紛れもなくヨーロッパ大陸におけるベスト・セラーであった(Stillwell, p. 410; Ward, p. 209)。その影響は大陸に留まらず、英国でもウィンキン・ド・ウォード(d. 1534/5)といった初期印刷業者が自らの出版物に、この年代記の挿絵やレイアウトを参考とした可能性の高いことが指摘されている(Driver, p. 49)。

【参考文献】
Bühler, Curt F., ‘The Fasciculus Temporum and Morgan Manuscript 801’, Speculum, 27.2 (1952), 178-83
Driver, Martha W., The Image in Print: Book Illustration in Late Medieval England and Its Sources (London: British Library, 2004)
Stillwell, Margaret Bingham, ‘The Fasciculus Temporum: A Genealogical Survey of Editions before 1480’ in Bibliographical Essays: A Tribute to Wilberforce Eames (Cambridge, MA: Harvard University Press, 1924), pp. 410-40
Tilmans, Karin, Historiography and Humanism in Holland in the Age of Erasmus: Aurelius and the ‘Divisiekroniek’ of 1517, Bibliotheca Humanistica and Reformatorica, 51 (Nieuwkoop: De Graaf, 1992)
Ward, Laviece, ‘Werner Rolevinck and the Fasciculus Temporum’, in Normative Zentrierung (Normative Centering), ed. by Rudolf Suntrup and Jan R. Veenstra, Medieval to Early Modern Culture (Kultureller Wandel vom Mittelalter zur Frühen Neuzeit), 2 (Frankfurt am Main: Lang, 2002), pp. 209-30
Wilson, Adrian, The Making of the Nuremberg Chronicle, introd. by Peter Zahn (Amsterdam: Nico Israel, 1976)
佐川美智子, 高木幸枝, 雪嶋宏一 編『書物の森へ—西洋の初期印刷本と版画』(町田: 町田市立国際版画美術館, 1996)

(TH)

詳細情報

Author
Rolewinck, Werner
Place of Publication
[Strassburg]
Printer
[Johann Prüss]
Format

fº

Date of Publication
[not before 1490-04-06]
Binding

19th-century antique vellum, raised bands, boards paneled and decorated in blind.

Bibliographical Notes

π6 A8 B-O6 P4; 96 leaves; perhaps wanting last 2 bank leaves; the first page is probably a facsimile; a number of woodcut illustrations and diagrams; some contemporary marginalia.

ISTC
ir00276000
Reference: 
Goff R276, HC 6916*, IJL 260, IJL 328
Shelfmark
120X@512@1
Acquisition Year
1979
Provenance: 

Bookplate with initials I.B.G.