論語疏 巻六
中国で写された伝世最古写本(出土資料を除く)の『論語』であると考えられ、まとまった紙の写本としては、仏典以外では現存最古級のものです。
解説
『論語』は中国古代の思想家、儒教の祖として知られる孔子(紀元前 552、あるいは 551~479)の言行や高弟たちとの対話を元に、その死後に門人たちが編纂したと推定される書物です。『古事記』『日本書紀』によれば、日本へ初めて伝わったのは応神天皇の第 16 年とされています。古代・中世においては公家・武家における教養の基本書として精読され、江戸時代になると一般人士にまで読まれるようになり、その後現代にいたるまで、多くの人に読み継がれています。『論語疏』は巻六のみが伝存し、慶應義塾大学の研究グループである論語疏研究会の分析により、奈良~平安時代よりもさらに古く、日本国外で写された『論語』の伝世最古の写本(出土資料を除く)と考えられることがわかりました。
『論語』は、儒教の基本的な理念を伝えるものであることから、基本書として注釈書も多く作られました。『論語疏』もその一つです。『論語疏』は正式には『論語義疏(ろんごぎそ)』と称され、中国六朝時代の学者として知られる梁の皇侃(おうがん)(488~545)の手による論語の注釈書で、魏の何晏(かあん)による『論語集解(ろんごしっかい)』を標準とし、六朝時代におけるその解釈を集めた書籍です。『論語義疏』はその後中国国内では散佚し、伝来した日本にのみ現存している「佚存書(いつぞんしょ)」として広く知られています。
『論語疏』は以下の3つの点で注目される資料です。
(1)中国で写された伝世最古写本(出土資料を除く)の論語であると考えられる
本書に記された文字の字体字様を詳細に比較検討した結果、本書は遣隋使、遣唐使によってもたらされた、隋以前の中国写本であると推定されます。まとまった紙の写本としては、仏典以外では現存最古級のものです。
(2)古代以来日本で長く伝わってきた
(1)で指摘したように、本書は平安時代以前に日本にもたらされてから、日本国内に長く伝来してきました。古代の藤原氏印が見られ、中世の所蔵者は不明であるものの、江戸時代に入ると朝廷の庶務や公文書を管掌する壬生家(みぶけ)に収蔵されていたことが、藤原貞幹(さだもと)の『好古雑記(こうこざっき)』に記載されています。
(3)幕末以降所在不明であった資料が発見された
長らく所在不明であった本書が近年発見され、慶應義塾図書館が所蔵することとなりました。学内で書誌学、中国文学、国文学、日本史学などの各分野の研究者からなるチームが編成されて2018 年度より研究が進められ、2021年にはその研究成果も刊行されました(参考文献②)。『論語疏』巻六は、現在の中国思想史および日本漢学の学説に新たな議論を呼び起こし、研究を進展させる論拠となる可能性を大きく秘めている資料といえるでしょう。
<参考文献> 詳しい解説はこちらの書籍をご参照ください。
①第32回慶應義塾図書館貴重書展示会図録『古代中世 日本人の読書』(慶應義塾図書館、2020年)
②慶應義塾大学論語疏研究会編『論語疏巻六 慶應義塾図書館蔵 論語義疏 慶應義塾大学附属研究所斯道文庫蔵 影印と解題研究』(勉誠出版、2021年)